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【映画】『ペンギン・ハイウェイ』子どもたちの少し背伸びした冒険物語

※この記事は、映画の内容について若干のネタバレを含みます。ネタバレを好まない方は映画を見た後お読みください。

やっと秋が来ましたね。

今年の夏は台風や地震の被害が各地出ていますね。

私も関西に住んでいた時期があり友人も多いですし、札幌はよく仕事でいったので一刻も早い復旧を願っています。

私自身もかなりいろいろなことがありました(目が真っ赤になったり、会社を辞めたり、海外旅行に行ったり)。おいおいまとめるとして、先日見てきた『ペンギン・ハイウェイ』の感想を書きたいと思います。

penguin-highway.com

 

 

 

 

子どもたちの好奇心を描いた、"The 夏休み"という感じ

あらすじはこちら。

 毎日学んだことをノートに記録している勉強家の小学4年生アオヤマ君は、通っている歯医者のお姉さんと仲良し。お姉さんも、ちょっと生意気で大人びたアオヤマ君をかわいがっていた。ある日、彼らの暮らす街に突然ペンギンが現れる。海もないただの住宅地になぜペンギンが現れたのか。アオヤマ君は謎を解くべく研究を始めるが、そんな折、お姉さんが投げ捨てたコーラの缶がペンギンに変身するところを目撃する。…

出典:映画.COM

 静かでごく普通の街に突然ペンギンが現れた…その謎に挑むのは、様々なものを研究する賢い小学4年生たち。

秘密基地を作ったり、冒険したり、不思議なことを研究したり…

なんか、"The 夏休み"って感じですよね。 

アオヤマ君たちが街を探検しながら、なぜ突如ペンギンが現れたのか突き止めていくストーリーは、小さなころの見るものすべてが新鮮に映る記憶を思い出せます。

ちょうど夏休みのシーズンに上映したのもうなずけます。

 

森見登美彦の作家性

森見登美彦作品は『四畳半』シリーズや『有頂天家族』シリーズなど、ここ数年で立て続けに映像化されています。

www.finance-neko.com

もともと『四畳半神話大系』などは、巷*1では"大学生のバイブル"と言われており、主人公のうだつの上がらない大学生活に共感し、「森見的な摩訶不思議な出来事が自分にも起らないか?」と淡い期待を抱く多くの大学生に読まれています。

森見登美彦作品といえば京都=森見登美彦というイメージがあります。

その徹底ぶりは『新釈 走れメロス』で、現代の京都に置き換えたメロスを描いているところにも表れています。

 

 

彼が京大出身ということで、彼の描く京都は京大を中心としていて、それはそれで面白いのですが、今回はちょっと特別でどうも舞台は京都ではなさそうです。

果たして舞台はどこなのか?

やはりこの疑問を持ったのは私だけではない…

 

やはり京都ではなかった!!!

 と、言っても、奈良のようなんですが笑

「奈良は四捨五入して京都」というジョークがまた関西だなぁ、と。

 

まとめ:ただひたすらにおっぱいー表現の意義について

本作の最も重要なキーワードは"ペンギン"なんですが、その次はおそらく"お姉さん"か"おっぱい"です。

主人公は小学生としては驚くべきほどに賢い少年です。そんな特別な少年が、街で起きた事件の解明に乗り出すわけです。

しかし、その一方で、非常に子供じみた部分が垣間見えるところもあり、それが本作の面白さでもあります。

子供じみた部分とは、驚くほどに"おっぱい好き"ということ。

 非常に理知的に難問に向き合っていたかと思うと、場面転換し、急に「おっぱいのことを考えていた」などと真顔で言いだします。

 この対称性が本作の非常にユニークな点です。

 

ところで、本作を見る前にこのようなツイートが話題になっていました。

過度なものはやはり男性からしても「どうなの?」という感じですが、なかなか男性視点だと気づけないのも確かです。

しかし、本作のこのおっぱい描写については、何度考えても「性的描写とはちょっと違うんじゃないかな?」というのが率直な感想です。

 

ちなみにここでいう性的描写=男女の性差に基づく身体的特徴・行動を過度に表現し、性的な欲求を煽ることを明示的・暗示的に企図した描写、として考えます。

 

男性のおっぱいに対する執着というのは、程度の差こそあれそれなりのものがあるわけです。正直もう本能です(目の前にあれば、自動的に目が行くぐらいには抗えません)。

これはいったいなぜなのかというのは、男性界隈の中でも大きな問題の1つではあります。

赤ちゃんの頃の、母親の授乳の記憶からなのかと思ったりもしますが、それなら女性にも多少はこういった要素が残っていないとおかしいわけで…

そう考えると、「あれやっぱりそういう目で見てるのか?」という疑念に立ち戻りますが、ここで重要なのはアオヤマ君(小学四年生)がおっぱい好きと描かれているのは、作家の主観的表現ではなく、ごく一般的な男性の感覚の表出的表現だということです。

 

本作では、アオヤマ君が徐々にお姉さんに抱く恋愛感情を認識していく様子も描かれており、その点では性的な感情への端緒が描かれているとも言えます。しかし、この恋愛感情とおっぱいに対する情熱は、やはり別個のものとして描かれています。

なんなら、男性諸氏は生まれてからずっとおっぱいに対して自動追尾機能を有しているといっても過言ではありません。

 

そして見つけた類似物がこちら。

 

そうか、男性はみんな永遠の赤ちゃんだったんだ…(?)

これは、性的欲求とは乖離したところでインプットされた行動であり、本作においても性的欲求を煽ることを目的として過度に誇張されている描写であるとは考えられないのではないでしょうか?

 

こういった表現でさえ批判の対象になるのは悲しいなあ…

 

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

 

 

 

いっさいはん

いっさいはん

 

 

*1:この巷がどこまでを指すかは定かではありません。私が京都で大学生をしていた時にはよく言われていました。