『この世界の片隅に』が、クラウドファンディングでの調達を行い大ヒットを飛ばしたことで映画をはじめとしたコンテンツファイナンスにおける同手法のプレゼンス向上のきっかけになったかもしれません。
私はコンテンツ業界に身を置いているわけではありませんので、正確性に乏しいかもしれませんが、コンテンツファイナンスを振り返る上でのポイントは以下の通りだと認識しています。
1つ目に、これまでの主流である『製作委員会方式』。
次に、信託法の改正とともに実現可能となり注目されたものの、一過性のブームとして過ぎ去った『著作権信託』。
最後に、IT技術の発達により可能となった『クラウドファンディング』。
これら3つの特徴を考えつつ、コンテンツファイナンスの未来を考えます。
1.これまでの主流:製作委員会方式
これまでのコンテンツ産業界で、各作品に対する資金調達手段の最も主流となっているのが『製作委員会方式』です。これは、著作権及び著作隣接権(放映権や出版権など)を利用する予定の企業がそれぞれ資金を出資して任意組合(民法667条以下)を設立し、それを「製作委員会」として作品の製作・管理・二次利用の器とする方式です。
製作委員会方式のメリット
・各権利者でリスクを応分負担
・スキームがわかりやすい
・関係者が各業界の企業(プロ)に限定
製作委員会方式のデメリット
・無限責任
・組合員の資金負担余力に基づいた資金調達
まず、第一にこのスキームが好まれるのはリスクを分散できるからだと言えます。1社で製作するよりもその後の権利利用者が集まって作品を作るほうが失敗したときのリスクは軽減されます。
その上で「製作委員会」は法的には任意組合となりますが、結局は出資者の集合による資産(著作権及び支分権)の管理を行う集団スキームであり非常にシンプルです。
また、本スキームはそもそも映画製作者や出版社など業界関係者(プロ)の資金提供を念頭に置いているため、対外的な説明etcの煩雑な手続きが不要です(後に見る2つの方法では、外部への説明必要になります)。
デメリットは、組合員(各出資者)の無限責任及び資金負担余力です。
任意組合では、各出資者は、原則として組合に係る債務について出資割合に応じて無限に(組合財産を超えて個別の資産に対しても)責任を負います(民法674条)。また、各関係者が資金提供を行うため、おのずと各作品に対する資金負担能力は限られます(コンテンツ業界は非上場の会社も多く、リスク資金の調達手段は限定的だという認識です)。
この2点の結果として、収益を見込みやすい原作モノの映画化やシリーズ作品などが好まれると考えられます。
これがしばしば「製作委員会方式が日本のコンテンツをダメにしている」と批判される理由でしょう。
しかし、それにたいしては下記のような反論もあります。
個人的には、日本のコンテンツ作品劣化の原因を製作委員会方式に求めるのは無理があると思います。
より投資商品としての性格が強く大規模な資金提供がなされるアメリカ(ハリウッド)では、「とにかくド派手な演出」や「アメコミヒーロー」などとにかく国民が好みそうなテーマに集中しており、外部資金の調達構造を進めた結果作品の陳腐化へと進んだのではないかと考えています。
2.過去の遺産:著作権信託
2004年の改正信託法施行により、著作権信託が可能となりました。その結果、2009年ごろには知的財産(特許権、著作権など)信託が注目されます。
出典:一般社団法人信託協会「著作権信託(資金調達)の仕組み」
著作権信託のメリット
・資金調達額の増大
・リスク分散
著作権信託のデメリット
・スキーム設定コストがかかる
・初期製作費用は調達できない(著作権が発生している段階からの資金調達)
・著作権のプライシングが困難
著作権信託を行うメリットは2つあった(近年では発行事例なくなってしまっており、過去形で記載します)と考えられます。
1つ目は、資金調達額の増大です。権利利用者のみで資金提供するよりも、広く外部向けに受益権を販売する方が調達できる金額は大きくなる可能性があります。状況によって、すべて外部調達にしたり、一部権利利用者が資金提供するなどいくつかの方法を使い分けることもできます。
2つ目に、リスクの分散です。外部投資家に信託受益権を販売することで、作品の失敗リスクを投資家全員で分担することができます。ただし、成功したときの収益も分散していまうことには注意が必要です。
デメリットは、コスト面。信託を利用することで金銭的な面と労力的な面でコストがかかります。外部投資家に受益権販売するとすると、金融商品として様々な規制を受けます。製作委員会のように仲間内で組成するようにツー・カーではいきません。
また、これが著作権信託の最もハードルの高い点だと思いますが、著作権のプライシングが非常に難しい(キャッシュフローが予測しづらい)ということだと思います。
資産の流動化は、「キャッシュフローが発生すれば何でもできる」とよく言われるのを耳にします。これは、ある点で正しく、ある点で間違っています。
この言葉通り、キャッシュフローが発生する資産であれば、大抵の資産は流動化し資金調達に使うことができます。ただし、その確度は、キャッシュフローの予測確度によります。
現在でも一般的に流動化が行われている資産の例は、住宅ローンです。住宅ローンの場合は、返済回数が契約時点で決まっています。また、複数の債権をまとめて譲渡することで、過去の実績から全体金額のうち、デフォルトや期限前弁済の水準もある程度予測が立てられます。これらによって、確度の高いキャッシュフローが算出できます。ただし、これもあくまで過去の実績ベースなので未来がどうなるかはわからないですが…。
著作権の場合は、 「今後どのように利用されるか」「どの程度利用されるか」が予測できません。たとえば、映画を作って上映したと仮定して、どの程度の売り上げが上がるのか(キャッシュフローが発生するのか)は、契約に基づいたものではないため全く予想はできないです。こういったリスクの高い商品であるため、投資家を見つけるのが困難だったのではないでしょうか(機関投資家はおそらく手を出さないので、こういった作品に興味のある個人になると思います。下記、書籍でも当初友人から募集を始めていたようです。)?
文化に投資する時代 (カルチャー・スタディーズ) (カルチャー・スタディーズ)
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ちなみに西村あさひ編の本では、まだ「新しいファイナンス手法」として掲載されています。
新しいファイナンス手法【第2版】-プロジェクトファイナンス/シンジケートローン/知的財産ファイナンスの仕組みと法務
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本書のロイヤルティ債権を流動化する方式であれば、将来のキャッシュフローが比較的読みやすいかもしれません(いずれにせよ金額が不透明かもしれませんが…)。
3.クラウドファンディングの可能性
最後に、『この世界の片隅に』で資金調達に使われたクラウドファンディングについてです。ここでは、Makuakeなどが実行している寄付型を検討対象とします。
クラウドファンディングの類型については以下の記事をご覧ください。
有名になった映画の製作費を一部でも調達されたのは本作が初めてだと思います。
クラウドファンディングのメリット
・金銭的リターン目当てではないファンから資金を集めることができる
・募集動向の良し悪しでマーケティングにもなる
クラウドファンディングのデメリット
・調達可能金額が少ない
クラウドファンディングは、しばしば芸術や音楽、イベント、ボランティアなど既存のファイナンス手法ではなかなか資金を調達しにくい案件がしばしば見られます。
また、募集者が個人単位であったり、中には法人が特定の商品開発のために募集するために利用している場合もあります。下記、Qrioはソニーの出資会社であったこともあり、大きな話題になりました。
クラウドファンディングの第1のメリットは、金銭的リターン目当てでないファンから資金提供を受けられることです。上記のスマートロックの場合、購入型(商品の予約を含めた資金提供)と寄付型の混合系です。購入型の場合、完成した商品というリターンを期待されますが、提供金額によってはお礼メールのみで終わることもあります。また、募集動向の良し悪しで、そのイベント、商品の初期的なマーケティングになります。これまでのサービスがふたを開けてみる(販売してみる)までわからなかったのが、集まらなかった場合はサービスの練り直しも検討できます。
逆に、デメリットは資金調達可能額の少なさです。
主要クラウドファンディング会社の累計支援額は、2016年11月時点で90億円弱です。
1件あたりは数百万~数千万円と、一般的な銀行借入や製作委員会方式で出資する金額より圧倒的に少ないです。
今後は、製作委員会方式で大部分を調達し、マーケティングとリスク分散を兼ねてクラウドファンディングを利用するパターンが増えるかもしれません。
まとめ:コンテンツ業界において、クラウドファンディングは根付くのか?
『この世界の片隅に』のヒットを期に、製作委員会方式一辺倒の同業界にクラウドファンディングがどの程度食い込んでいけるかについて考えたいと思います。
クラウドファンディングは、ファンの心をつかめれば必ずしも金銭的リターンを返す必要もないため、メリットは大きいです。
しかし、製作に必要な金額(数億~数十億)と同調達方法のマーケット規模を勘案すると、安定的に数億円の資金が調達できなければ、資金源としてクラウドファンディングが根付くことはないかもしれません。あくまで少額調達+マーケティングどまりといったところでしょうか。
やはり、どちらかというと既存の手法では調達できにくい規模の小さな事業体等が利用するのが主流になりそうです。