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ベンチャー経営陣に知っておいてほしいデットファイナンスの知識

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ベンチャー企業の方々と多く接するようになり、気になっていることがあります。

ベンチャー企業の経営陣は、プロダクトのプロであってもファイナンスについては必ずしも詳しくない場合がしばしばかと思います。

しかし、サービス開発のために投資を行うには資金が必要です。

その資金をどのように調達してくるのか?近年は、ベンチャー向けのファイナンスも充実してきており、調達方法も優先株・CB・ローンなど多様化していると思います。

 

とはいえ、実情としてIPOまで(もしくは、レイターステージ程度まで)ほぼエクイティファイナンスのみで調達し、デットでの調達に慣れていない企業も多いのではないのでしょうか?エクイティであれば、最近は起業家向けの本も出版され始めており、勘所の理解も進んでいるようですが、ローンはどうでしょうか?

「調達できれば、エクイティ、デットどちらでも構わない」という経営者の方が結構いらっしゃったので、そもそもファイナンス方法が違うと評価の基準が違うということを知っておいてほしいと思い、デットファイナンスを行う上でのポイント簡単にまとめてみました。

 

 

ベンチャーの資金調達動向

まずは、直近(2017年上半期)のベンチャーの資金調達動向について、おさらいとしてこちらのNewsPicks記事を共有しておきます。

newspicks.com

 

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出典:NewsPicks

まず、2017年上半期の資金調達状況としては、2016年上半期と同程度の水準で1,083億円の調達が行われています。年間でも去年並みとなれば、2012年を底としてベンチャーファイナンスの拡大基調を継続することとなります。

一方で、昨年対比で約37%とであり、現状のペースを維持した場合は、昨年よりも調達社数が減少することになりそうです。

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出典:NewsPicks

続いて、企業の設立後経過年数別調達金額中央値の推移です。

こちらを見ると、全調達金額の推移と同様に2012年以降、それぞれの区分で金額の上昇がみられます。先ほどの社数が少ないにもかかわらず、総調達金額が前年並みであるのは、1社あたりの調達額が増加しているからであると言えそうです。

また、これは推測ですが、特にアーリー~レイターステージでの資金調達において、近年Valuationが上昇し、ベンチャー企業にとっては希薄化を抑えつつ大きな金額の調達を行えるようになってきているとも考えられます。

 

なお、ここで調査されているのはあくまでもエクイティファイナンス(CBの発行等含む)です。

その点でも、ベンチャー企業の資金調達においては、エクイティファイナンスが主流であるといえます。

エクイティとデットの違い

前述のとおり、ベンチャーファイナンスのメインストリームであるエクイティファイナンスは活況を呈しています。

こういった状況ですので、ベンチャー企業としては調達の多様化としてデットの検討を考える際にもかなり強気で考えている場合が多いように見受けます。

しかし、デットは性質上全くエクイティと異なりますので、第三者割当増資により調達ができたからと言って借り入れができるとは限りません。

 

ここでは、エクイティとデットの性質上の違いをまとめておきます。

ちなみにここでは簡略化のためエクイティ=普通株、デット=シニアローンとして説明します。

 

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ポイントを簡単に説明すると、エクイティファイナンスと比較した場合のメリットは、ダイリューションを引き起こさないこと。デメリットは、期日における元利金償還の義務が発生することです。

資金提供者としては、エクイティファイナンスが大幅な成長によるアップサイドの期待(ハイリスク・ハイリターン)とすると、デットファイナンスは持続的なキャッシュフローに基づく安定したリターンの期待(ローリスク・ローリターン)を指向します。

 

信用保証協会保証付融資/日本政策金融公庫融資は入口に過ぎない

「某メガさんや地銀さんがむしろ借りてくれって言ってくる!」

「いやいや、うちは創業1年でもうローン調達したよ!」

という皆様。

ちなみに、それは“信用保証協会保証付”や“政策金融公庫”のローンではないでしょうか?

これらの借り入れを否定するわけではありませんが、保証協会保証や政策金融公庫のローンはいわゆる民間金融機関の融資要件とは異なる特殊な商品であることを認識いただきたいと思います。

信用保証協会保証

信用保証協会保証付ローンとは、その名の通り、一般社団法人信用保証協会が事業者の借入に対する連帯保証を行う商品です。

中小企業で無担保での融資検討が難しくても、信用保証が付保されれば、実質的に貸し倒れリスクを外部に転嫁できるため、とりあえず提案する商品です。

下の申し込みフローのとおり、原則金融機関からの保証依頼により審査のうえ保証・融資がなされるため、金融機関から提案を受けている企業も多いのではないでしょうか?

www.zenshinhoren.or.jp

保証協会のメリットは、なんといっても保証協会審査さえ通れば、各金融機関の審査は比較的簡単に通るということです。信用保証協会が信用リスクを原則追っているので当然といえば当然です。

注意点としては、

①金融機関が保証協会の会員でないと利用できない

②各保証制度ごとの限度額がある

金利に加え、保証料が別途かかる

という点が挙げられます。

一般的に金融機関から提案を受けて検討すると思うので問題はないと思いますが、保証協会の利用は会員である金融機関のみとなります(①)。自社で協会に直接問い合わせる際は、すでに取引がある(話をしている)金融機関が対応していない場合もありますので注意してください。

また、 保証制度は細かく分かれており、各制度ごとに保証限度額が決まっています(②)。アーリーステージであれば十分足りるでしょうが、レイター程度まで成長しており、十数億円の調達を行っているような方だと物足りなく感じるかもしれません。

最後に、一般的な無担保ローンと比較すると、保証料分の追加コストが発生する分全体での支払手数料は高くなります。ただし、一般的に説明されるエクイティの期待リターン(IRRで数十%)と比較すると年間高くとも1桁%前半であり、調達コストは相対的に低くなるはずです。ただし、期中利払い等定期的なキャッシュマネジメントが必要になります。

 

政策金融公庫融資

次によくベンチャーデットファイナンスで見かけるのは、日本政策金融公庫です。

彼らは政府系金融機関で、商品は多岐にわたりますが、原則各商品の条件に合えば実行される"制度融資"になります。

掲げられた条件に合えば実行される、かつ、政策的意義が強いためその条件も民間の金融機関よりも緩くなっています。

挑戦支援資本強化特例制度(資本性ローン)|日本政策金融公庫

政策金融公庫の特徴は、中小企業向けにメザニンファイナンス*1を提供している点です。

主に、新株予約権付ローンと資本性(劣後)ローンがあります。

新株予約権は、ストックオプション(SO)として、ベンチャー企業においてもなじみがあるでしょうし、新株予約権社債(CB)であれば、発行・調達の経験のある企業もあるかと思います。

ここでは、資本性ローンについて、概念を説明します。

政策金融公庫の資本性ローンは、①5年超②劣後特約*2③業績連動金利が原則となっており、これらを満たすと銀行の自己査定において作成される実態BS上一部株主資本(純資産)とみなされる商品です。

金融機関、特に銀行は、ローン実行にあたって、事前に借入人の資産や収益性などの評価を行い、各借入人(債務者)の区分*3を決定します。これが自己査定です。

以下は、会計BSと銀行評価BSのイメージです。

会計上は単なる負債科目が増加しますが、銀行評価上は一部資本として認められるため、株主資本比率などの財務指標が実際より向上します。

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資本性ローン単体では、どういう意味があるのかわからないかもしれませんが*4、これは今後のデットファイナンスを行う上で効果を発揮するものです。

 

ただし、資本性認定には制限があります。

下に資本性のイメージを作成したものを記載しました*5

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年限を5年とすると*6、1年経過ごとに資本性が20%ずつ減少していくことになります。

ここで注意していただきたいのは、あくまで評価上の資本性が低下していくだけであり、元本の償還タイミングとは無関係であるということです。

 

デットレンダーとの円滑なコミュニケーションのために

 以上のような前提の下で、今後、資金調達の拡大を図っていくためにデットレンダーである民間金融機関とどのように対話していけばよいか、簡単にではありますが、ポイントのみまとめておきました。

ベンチャー経営陣の皆様には、エクイティファイナンスと同時にデットファイナンスのタイミングも入念に検討いただき、事業のスケールに合わせた調達を行っていただければと思います。

一般的な基準

①債務者区分

「原則、"正常先"であること。または、"要注意先"に区分されるが、今後の計画上早期に"正常先"への引き上げが見込まれること。」

下記は、区分イメージです。

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金融機関に限らず、掛取引を行っており企業であれば、ここまで精緻にではないにしろ、売掛先の信用状態を把握し区分を評価したうえで引当処理を行っているはずです。 

一般的には、正常債権の範囲(正常先/要注意先)でなければ、取引の対象になりません。新規案件の取り組みであれば、そもそも正常先の範囲に入ることが前提だと認識いただいて差し支えありません。

 

②利益指標

「直近決算期で当期純利益(もしくは経常利益)が黒字である、または、赤字であるが早期に改善の見込みであること。」

 特にデットレンダーは、将来期待(事業計画)ではなく、過去の結果(決算)を重視します。直近期赤字である時点でかなり厳しく、2期連続だと相当苦しいです。上記債務区分上の「要注意先」以下に区分される可能性が高くなるため、新規実行はハードルが高くなります。不可能ではありませんが、改善する相当程度の蓋然性がある必要があります。

 

③資産評価

「実態バランスシート作成後、債務超過(後述)とならないこと。」

銀行では、受領した決算書をもとに、審査の過程で"実態バランスシート"と呼ばれる評価上のBSを作成します。これは主に、資産サイドを簿価から現時点での評価額に算定しなおし、減価相当金額がある場合は純資産から差し引きます。

この際、純資産(株主資本)が薄い場合、負債が資産を上回りバランスしていない状態となる場合があります。これを"債務超過"といい、この場合も債務者区分における"破綻懸念先"以下の区分判断となることから新規取引だけでなく、取引の継続も困難となる場合がほとんどです。

 

資金使途

エクイティファイナンス時にはそこまで重視されませんが、ローンでの調達時には資金使途(借り入れの目的)が重視されます。

基本的には、①設備投資②運転資金のいずれかでなければローンの対象となりません。

 ここでいう①設備投資は、例えば、工場を作ったり、機械を新たに導入したりといった資金を言います。システム投資は、銀行では設備投資としてみていません。また、②運転資金も、例えば、商品を仕入れてから販売するまでの資金ギャップを指しています。しばしばIT企業がスケールするうえで必要な人件費や広告費は、含まれていません*7

 

創業3〜5年経過前後がポイント

 原則として銀行は経常利益(または当期純利益)ベースで直近期赤字の企業に対してローンを実行することは避けたがります。これは、上述の債務者区分で、要注意先以下の分類になる可能性が高く、引当コスト等を勘案するとリターンが見合わないためです。あくまでも回収可能性を見ているので、エクイティと評価が最初に分かれ始めるポイントであると思います。

ただし、「創業(会社設立)から●年以内の赤字であれば正常先に分類可」といったルールになっている金融機関が多いです。この許容範囲も3〜5年で各社異なるので確認が必要です。

この「創業赤字」ルール内で正常先判定されていたのが、赤字期間が長引き創業赤字と判定されなくなってしまうと急にローンの新規調達はおろか既存分のリファイナンスでさえ困難になる可能性がありますのでご注意ください。

 

債務超過には要注意

 上述の通り、債務超過は金融機関が評価するうえで重要な基準です。債務超過判定がなされると新規取引では一発アウトと考えていただいて構いません*8

ベンチャー企業の多くは、デットファイナンスの経験が浅いため、BSの状態まで把握されていないことがあるようです。事業計画を作る際に、今後の赤字予測と繰り延べ損失、資本性ローンがある場合は資本性認定率を加味し、計画上の賞味純資産がどの程度あるのかはぜひ認識していただきたいです*9

エクイティファイナンスや上述の資本性ローンなどを組み合わせて、債務超過にならないように意識していただければと思います。

 

誰の権限で実行できるか?

これは、非常に政治的かつ営業的な観点ですが、金融機関において“誰の権限”で実行できる取引なのかを意識していただくと調達がよりスムーズにできるようになるかと思います。

ベンチャーにおいてもIPO直前等になれば、一桁後半億円単位のデットファイナンスを必要とするかもしれませんが、エクイティファイナンス間のブリッジや不足分の調達であれば、2,3億円で十分足りるのではないかと思います。

例えばメガバンクの○○支店から取引の提案を受けたとします。

都銀等の場合、ざっくりですが5,000万円~1億円までの取引であれば、比較的進めやすい金額という認識です。これは案件の決裁権限が上記金額までは支店長決裁でよく、役員や審査部長等の決裁を要しない分営業サイドとしても取り組みやすい金額感を指しています。

例えば、総額で2億円のデットファイナンスが必要な場合でも、○○銀行から2億円全額を借りるのか、○○銀行と××銀行から1億円ずつ借りるのかは、こういった観点も意識しつつ検討していただけるとより調達がスムーズになると思います*10

 

まとめ:スケールするためにデットファイナンスが根付いてほしい

マイナス金利の導入以降、法人取引ではスプレッド環境が続いており、金融機関はローンを含めた運用対象の選定に苦慮しています。

メガバンクでは、支店網や中小企業取引の縮小等も検討されているようですが、今後ローンの資金需要が見込めるベンチャー企業については、金融機関側でも収益性が高く有望な取引先であると思います。

ベンチャー企業にとっては、環境が整ってきつつあるとはいえ、やはりダイリューションや株主数の増加によるコントロールの難航を考慮すると、エクイティファイナンスでシリーズC、Dと複数回の調達を重ねvaluationを数百億円に高めるのは難しいという印象です。

金融機関の立場で、ベンチャーファイナンスの一端に携わると、お互いの論理を理解するということがまだまだ必要と思うものの、ぜひともベンチャー企業においてもデットファイナンスがより戦略的になされるようになれば、願うばかりです。

 

※おまけ 参考資料

 金融機関がどんなポイントを見るのかは下記の本が最もまとまっています。

要求される資料についてもイメージが載っているので参考にしてみてください。

企業審査ハンドブック

企業審査ハンドブック

 

金融庁 資本性借入金紹介資料

資本性借入金は、計画的に利用すると、普通のローンの借り入れにも良い影響を与えると思います。その特性については、上述の通りですが、金融庁が基準を示しているので、詳しく知りたい方は金融庁HPなどをご覧ください。

金融庁ホームページ

http://www.fsa.go.jp/common/about/shihonseikariirekin.pdf

 

 

*1:メザニン=中二階。デットとエクイティの中間的な特徴を有するファイナンス手法を指します。CBや優先株、劣後ローンなどが含まれます。

*2:金銭消費貸借契約において、借入人の法的破綻時に、当該債権の請求権が他の債権に劣後する旨を定めた特約。最終的な回収時の優先順位が低くなる。

*3:掛取引を行っている場合には、事業会社でもより簡便的にではありますが債務者の区分を設定しているはずです。

*4:実際、この"資本性"の意味を分からず借りているベンチャーさんもよく見かけます。 

*5:本来はさらに利払いが必要ですが、今回は簡略化しています。

*6:上述の通り、"5年超"であることが資本性ローンの要件の1つとなっているため、実際には政策金融公庫の商品でも最短で年限は5年1か月からです。

*7:あくまで原則です。この点は、優秀な営業担当であれば適当な理由をつけてねじ込んでくれると思います。

*8:既存の大口取引先などでは、債務超過でもすぐさま回収せず取引継続を決定する場面もありますが、それは"企業再生"案件という特殊事例です。

*9:ほとんどのベンチャー企業で、事業計画は販売計画/人員計画/利益計画といった予測だと思います。BSまで作るのはコストがかかるかもしれませんが、ぜひここに自己資本の食いつぶし状況も入れてほしいものです。

*10:決裁権限の基準は各金融機関で異なるので、取引検討先の営業担当者との話の中で聞いてみてください。仲のいい方や素直な人であれば教えてくれます。