ダラダラ金融日記

金融機関に迷い込んだ猫(好き)がダラダラする様を描くブログ

読書案内:『彼女は頭が悪いから』ほんとに悪いのはだれ?

スポンサーリンク

 

 知り合いからたまたま借りた本があまりにも胸糞悪く、それでいて見過ごせない要素がたくさんあったのでとりあえず感想をまとめようと思います。

 

彼女は頭が悪いから (文春e-book)

彼女は頭が悪いから (文春e-book)

 

 もう、タイトルからしてすでにあまりいい感じのしない雰囲気を漂わせていますが…

あらすじをアマゾンから引用するとー

 横浜市郊外のごくふつうの家庭で育ち女子大に進学した神立美咲。渋谷区広尾の申し分のない環境で育ち、東京大学理科1類に進学した竹内つばさ。ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。渦巻く人々の妬み、劣等感、格差意識。そして事件は起こった…。これは彼女と彼らの、そして私たちの物語である。

出所:Amazon

 これだけだと何のことだかよくわかりませんね。

実は、本書は実際の"事件"を題材に書かれています。

gendai.ismedia.jp

正直、自分はこの事件そのものについて知りませんでした。

本書を読んだうえでこの感想を書くにあたり、記事を調べたくらいでした。

当時のニュース記事を読むと東大生による他大学の女子大生強制わいせつ事件でかなり悪質らしいですね。

 

さておき、本書を読んで気になったことを下にまとめたいと思います。

  • 東大生及びその家族の価値観

この小説において特に注目すべきは、やはり犯人グループの東大生及びその家族の歪んだ(少なくとも自分は歪んでいると感じた)価値観でしょうね。

「自分たちは東大生だから」という自尊心のもと、様々な悪事を正当化し、また東大生以外の人間を見下す様は読者を非常に不快な気分にさせます。

また、これが本人だけでなく両親にもみられることから、個人の歪んだ性格というよりも家庭環境によるものであろうことが推察できます。

 

  • 女子大生の言動及び世間の評価

女子大生は、両親と3人兄妹の長女として暮らす、ごく一般的な家庭の生まれ。

親族はもともと農家で祖父母はクリーニング屋

今となっては逆に珍しいタイプの絵にかいたような"中流家庭"でしょう。

 彼女は、奥ゆかしいのか高校時代までそれほど男女関係での交流はなかったと小説では描かれています。

そんな彼女が事件後は世間からは東大生を貶めたとして非難されます。

なぜ被害者が悪とされたのでしょうか?

男性宅へついていく行為について「下心があったのだろう」との批判もあったようです。

そもそも飲酒を強要された上で男性宅に連れて行かれることになんらかの非があるのでしょうか?

そしてかつて好意を寄せていた男性との飲み会に行くことも非難されるべきことなのでしょうか?

 

  • 格差

 本書は、"東大生"の歪んだ自尊心により引き起こされた犯行として事件が描かれているが、個人的にはすべてを東大ラベリングで片づけるにはやや無理があるように思えました。

それよりも、東大生を目指すにはお金が必要=東大生の家庭は富裕層が多いという形で補足的な要因として挙げられていた、家庭の経済環境やそれによる格差の方が、各人の思考に影響を与えているように思えます。

東大ブランドや周囲の評価はあくまでも結果であり、例えばほかの有名私立大学等でも同様の事件が起こっていることからも、本質的な要因は生育環境によるところが大きいと考えるべきではないでしょうか?

 

  • 本書を読むにあたって

あくまでも本書は、小説家である姫野氏が事件の記録や関係者からの話をもとに当時それぞれがどのように考え行動したかを一部想像で補完しながら創作した作品です。

よって、事実としての犯行やそれに至る言動は実際にあったとしても、それに至る過去及び当時の当事者の考えは作者の主観で一部補完して記載されています。

特に、本書では事件の要因を東大生という記号の価値に強く置く表現が多数見られますが、nekozukiとしては東大生以外でも生じうると考えると、ここは同意しかねる点です。

 

タイトルに置いた「ほんとに悪いのはだれ?」という問いについて考えてみると、もちろん実行犯の東大生たちが悪いということは議論の余地がありません。

(強制わいせつとして起訴されたものの、当事者たちはそういった意図はなく、何が問題なのかわからないとのコメントもあったようですが、暴行でもありいずれにせよ許される行為ではありません)

また、こういった倫理観を形成するに至った状況は、家庭に大いに問題があったものと思われます。結局善悪の判断基準というのは、どれだけ学歴が良くとも学校ではそれほど教えてもらえるものではありませんし…

最後の点ですが、事件公表後様々な誹謗中傷を行った世論についても大きな問題があります。SNSが発達した今、この世論との向き合い方がもっとも重要だと個人的には考えています。

インターネットにより、様々な情報が得られるようになったため、多くの人々が「すべてを知っている」かのように物事に向き合うようになったと感じます。実は、流れている情報は間違っていたり断片的な情報であっても、です。

さらにSNSにより気軽に自身が情報を発信する立場になることができるようになりました。今書いているこのブログもそうです。

しかしながら一個人であれば自分自身が当事者でない限り、多くの場合発信しようとする内容について情報をすべて持っていないことが多く、何か前提を置いて、もしくは、何らかの解釈をしていることがほとんどです。

にもかかわらず、自分の持っている情報が真であり、また、自分の解釈をすべての人々が共有している前提で他人を痛烈に批判する行為にはやや疑問を覚えます。

まずは、今ある情報を整理し前提を理解したうえで相手との対話を始めるべきではないでしょうか?

 

本書を読むと、おそらく共感する部分、もしくは、過去の自分の行為を反省する部分があるのではないかと思います。

それは、東大生かもしれませんし、女子大生かもしれませんし、世間の野次馬かもしれません。

あなたは誰に自分を重ねますか?